<「宅地建物取引業者による人の死の告知に関するガイドライン」の解説>
1.はじめに
これまで過去に人の死が生じた物件の不動産取引を行う際、宅地建物取引業者(宅建業者)による適切な調査や告知に関する明確なルールがなかったことから、円滑な流通や安心できる取引が阻害されていました。
判断基準がないことで、所有する物件で死亡事故が生じた場合に、全て事故物件として取り扱われるのではないかとの所有者の懸念から、特に単身高齢者の入居が困難となる問題がありました。
このような背景の下、国土交通省では、宅地建物取引業者が負うべき義務の解釈について、2020年2月より「不動産取引における心理的瑕疵に関する検討会」でガイドラインの方向性・内容について議論を開始しました。
議論の結果、2021年10月に「宅地建物取引業者による人の死の告知に関するガイドライン」が策定されました。
2.ガイドラインの内容
(1)宅地建物取引業者の義務の判断基準としての位置づけ
宅地建物取引業者が宅地建物取引業法上負うべき義務の解釈について、トラブル未然防止の観点から、現時点で一般的に妥当と考えられるものを整理し、とりまとめたものです。あくまで宅地建物取引業法に関するものですので、民事上の調査・説明義務などによる損害賠償責任の有無は、個別具体的に判断されます。
但し、宅地建物取引業者の行為が宅地建物取引法上の重要事項説明義務違反等に該当する場合、民事上の注意義務違反が成立し、損害賠償請求がなされる場合は多いと思われます。
(2)対象とする不動産の範囲
本ガイドラインにおいては、マンションや一戸建て、居住用建物の敷地など、住宅として用いられる居住用不動産を対象としています。居室だけではなくベランダやエレベーター、廊下などの共用部も含まれます。事業用不動産については、契約締結の判断に与える影響が一様でないことからガイドラインの対象外とされています。
(3) 調査について
宅地建物取引業者は、販売活動、媒介活動に伴う通常の情報収集を行うべき業務上の一般的な義務を負っています。ただし、人の死に関する事案が生じたことを疑わせる特段の事情がないのであれば、人の死に関する事案が発生したか否かを自発的に調査すべき義務までは宅地建物取引業法上は認められません。原則として、聞き込みやインターネットサイトを調査するなどの自発的な調査を行う義務もありません。
他方で、販売活動・媒介活動に伴う通常の情報収集等の調査過程において、売主・貸主・管理業者から、過去に、人の死に関する事案が発生したことを知らされた場合や自ら事案が発生したことを認識した場合に、この事実が取引の相手方等の判断に重要な影響を及ぼすと考えられる場合は、宅地建物取引業者は、買主・借主に対してこれを告げなければなりません。
なお、宅地建物取引業者が媒介を行う場合、売主・貸主に対し、告知書等に過去に生じた事案についての記載を求めることにより、媒介活動に伴う通常の情報収集としての調査義務を果たしたものとされています。この告知書等に記載を求める場合の留意点として売主・貸主に対して記載が適切に行われるよう必要に応じて助言するとともに、故意に告知しなかった場合等には、民事上の責任を問われる可能性がある旨をあらかじめ伝えることが望ましいとされています。
但し、「売主買主が記載した告知書等に記載がない場合には告知義務は生じない」というものでもありません。告知書等により、売主・貸主からの告知がない場合であっても、人の死に関する事案の存在を疑う事情があるときは、売主・貸主に確認する必要があります。
(4) 告知について
ア 宅地建物取引業者が告げなくても良い場合
宅地建物取引業者は、原則として、人の死に関する事案が、取引相手方等の判断に重要な影響を及ぼすと考えられる場合には、告知が必要です。他方で、ガイドラインにおいて、告知不要となる場合の判断基準が以下のとおり示されています。
①自然死・不慮の事故の場合(賃貸・売買取引どちらも告知不要)
対象不動産で老衰や病死など、いわゆる自然死については、住居用不動産について発生することは当然に予想されるものですので、原則として、告知は不要です。このほか、事故死に相当するものであっても、入浴中の溺死や転倒事故、食事中の誤嚥など、日常生活の中での不慮の死についても、当然に予想されるものですので、原則として、告知は不要です。ただし、長期間にわたって人知れず放置されたこと等に伴い、特殊清掃や大規模リフォームが行われた場合においては、買主・借主が契約を締結するか否かの判断に重要な影響を及ぼす可能性があるものと考えられるため、告知が必要です。
②賃貸取引で発生・発覚後3年経過した場合(賃貸取引のみ)
対象不動産・日常生活で通常使用する集合住宅の共用部分(例えば共用の玄関・エレベーター・廊下・階段など)で発生した自殺、他殺等が発生(特殊清掃 が行われた場合は発覚)し、概ね3年が経過した後は告知不要です。ただし、事件性、周知性、社会に与えた影響が特に高い場合(例えば凄惨な殺人事件が発生した場合が考えられます)はこの限りではありません。
この点注意が必要なのは、「3年が経過する前に、第三者への賃貸に供したか否かによって、3年の期間が短縮されるものではない」という点です 。ガイドラインは、第三者に賃貸に供したか否かについは基準に含めていません。
③隣接住戸及び通常使用しない集合住宅の共用部分(売買取引・賃貸取引共通)
取引の対象不動産の隣接住戸・日常生活において通常使用しない集合住宅の共用部分(居住者が自由に出入りできない屋上や、通常使用しない非常階段、敷地の端に設置されたポンプ室の裏側 )で自殺、他殺等の事案(特殊清掃が行われた場合は発覚)が発生した場合は告知不要です。ただし、事件性、周知性、社会に与えた影響等が特に高い場合はこの限りではありません。
イ 前記ア以外の場合
前記ア①~③のケース以外の場合は、宅地建物取引業者は、取引の相手方等の判断に重要な影響を及ぼすと考えられる場合は、買主・借主に対してこれを告げなければなりません。告げる場合は、前記3.の調査を通じて判明した点について実施すれば足り、買主・借主に対して事案の発生時期(特殊清掃等が行われた場合には発覚時期)、場所、死因(不明である場合にはその旨)及び特殊清掃等が行われた場合にはその旨を告げるものとされます。
ここでいう事案の発生時期(特殊清掃等が行われた場合には発覚時期)、場所、死因及び特殊清掃等が行われた旨については、前記3.で示す調査において売主・貸主・管理業者に照会した内容をそのまま告げるべきです。なお、売主・貸主・管理業者から不明であると回答された場合、あるいは無回答の場合には、その旨を告げれば足ります。契約内容の一部を省いたり、加筆して趣旨を変えたり、媒介業者が独自の判断で評価を交えて文意を変えることなどは避ける必要があります 。
ウ 買主・借主から問われた場合及び買主・借主において把握しておくべき特段の事情があると認識した場合等
取引の対象となる不動産における事案の存在に関し、買主・借主から死亡の有無について問われる場合もあります。この場合には、自然死や日常生活における死であったとしても、調査を通じて判明した事実を告げる必要があります。また、借主から問われた場合には、3年を経過していたとしても、調査のうえ調査結果を告げる必要があります。
その社会的影響の大きさから買主・借主において把握しておくべき特段の事情があると認識した場合等も同様です。
但し、この場合においては、調査先の売主・貸主・管理業者から不明であると回答されたとき、あるいは無回答のときには、その旨を告げれば足ります。
3.今後の影響
本ガイドラインは、「心理的」瑕疵という買主の主観面から「人の死」という事実面に向き直させて、告知義務を負う場合と告知義務を負わない場合とを明確化しました。
いままでは所有者の嫌悪感から高齢者の入居を拒む例もありましたが、高齢者への賃貸の障害除去につながることが期待されます。
一定の基準が示されたことで、取引当事者や宅地建物取引業者のトラブルが未然に防止され、既存建物の円滑な流通が促進されていくと考えられます。