【明渡請求訴訟事件の実務】13 占有移転禁止の仮処分の要否
(1) 占有移転禁止の仮処分の意義
ア 明渡を命じられた被告に対してのみ強制執行手続ができる(原則)
賃貸人が家賃滞納を理由として賃貸借契約を解除し、賃借人に対して建物の明渡請求を行うケースを想定します。
賃借人が任意で明渡を行わない場合、賃貸人は賃借人や占有者を被告として建物明渡請求訴訟を提起することになります。建物明渡請求訴訟において、被告が出廷してこない場合や、明渡を拒否する場合には、債務
名義(判決)を得たうえで、強制執行手続への移行を検討することになります。
このとき、強制執行手続により裁判所の強制力をもって物件から退去させることができるのは、判決において明渡を命じられた被告と、審理終結後に被告から占有権を承継した第三者のみです。したがって、訴訟の
審理が終結する前に物件を占有していた第三者に対しては、強制執行手続により物件から退去させることはできません。
イ 強制執行妨害や強制執行が困難になる場合
この強制執行手続の仕組みを利用し、第三者に物件を占有させることで強制執行を妨害する賃借人や占有者が少なからず存在します。
また、物件が従業員の社宅や派遣型風俗店の待機所として使用されている場合、また、賃借人が友人に又貸しを重ねている場合などは、訴訟を遂行している間に予期せずに占有者が変更されていく場合もあります。
ウ 占有移転禁止の仮処分の必要性
占有移転禁止の仮処分とは、訴訟中に占有者が変更され、強制執行が不可能となるという事態を防ぐために、民事保全手続きの一種として認められている手続です。
具体的には、明渡訴訟の被告となる占有者を訴訟前に固定し、勝訴判決後の強制執行に備えるための手続です。民事保全法に基づく手続の一種です。
占有移転禁止の仮処分手続において、物件の占有者が佐藤さんであると認められたとしましょう。この場合、審理の途中で仮処分後に鈴木さんや田中さん等の第三者が建物の占有を取得したとしても、佐藤さんに対する建物明渡訴訟の勝訴判決に基づいて、鈴木さんや田中さんに対しても、建物明渡しの強制執行手続ができます。
(2) 占有移転禁止の仮処分を検討する場合
ア 賃借人ではない不特定の複数人が物件に出入りしている場合
物件に不特定の第三者が出入りしている場合は、賃借人が既に物件を占有しておらず、第三者が占有している可能性が高いといえます。また、不特定の複数人が出入りしている場合には、そもそも占有者の特定が困難であるともいえます。
いわば、占有移転禁止の仮処分が必要となる典型的なケースであり、仮処分の申し立てが必須であるといえます。
イ 賃借人が賃借物件から退去し、特定の第三者が占有している場合
物件の占有者を明確に確定することができれば問題ありません。例えば、賃借人が転貸しており、実際に転借人が物件の使用を明確に認めている場合です(なお、往々にしてこのような場合には賃借人は転貸が違法であるとの認識がありません)。
しかし、転貸の場合には、そのように明確に特定できない場合もあります。例えば、占有者自身と連絡が取れない場合や、居住目的であるもののいつの間にか事業用の目的で使用されている場合です。
また、転借人が、さらに第三者に転貸するというケースも生じがちです。
このような場合には、占有移転禁止の仮処分を検討すべきです。
ウ その他、賃借人による第三者への転貸が生じる可能性がある場合
ケースバイケースですが、使用目的や使用の用途により検討すべき場合があります。
従業員社宅は実際に使用する従業員が知らない間に変更されている場合もあります。 個人事業での店舗や事務所などは、経営主体がいつの間にか変更されている場合があります。このように、占有者が明確に認定できない場合や転貸の可能性が少しでもある場合においては、占有移転禁止の仮処分を経由した方が無難です。逆に、家族で一軒家に居住し、かつ小学校の子供がいるといった場合は、第三者に占有を移転することが想定されませんので、仮処分を経由する必要はない場合が多いといって差し支えありません。
明確に執行妨害が生じている場合などは、断行仮処分を検討した方が良いケースもあります。断行仮処分については、別途解説します。
エ まとめ
建物明渡請求訴訟を提起する場合に占有移転禁止の仮処分を経由する必要があるか否かは、事案の性質によります。
①賃借人ではない不特定の複数人が物件に出入りしている場合は必須
②特定の第三者に転貸していることが明確な場合は推奨
③占有者が明確に認定できない場合や転貸の可能性が少しでもある場合にも推奨
④居住用物件に家族で居住しているような場合には、必ずしも必要ではない
簡単にまとめると、以上のとおりかと思います。
目次
- (表紙)家賃滞納に基づく明渡訴訟について弁護士が解説します
- 【明渡請求訴訟事件の実務】1 建物明渡請求訴訟の全体像
- 【明渡請求訴訟事件の実務】2 明渡請求訴訟の特徴 (1) 迅速性
- 【明渡請求訴訟事件の実務】2 明渡請求訴訟の特徴 (2)当事者の特定
- 【明渡請求訴訟事件の実務】2 明渡請求訴訟の特徴 (3)物件の特定
- 【明渡請求訴訟事件の実務】2 明渡請求訴訟の特徴 (4)送達の問題
- 【明渡請求訴訟事件の実務】2 明渡請求訴訟の特徴 (5)強制執行における問題点
- 【明渡請求訴訟事件の実務】3 相手方への配慮
- 【明渡請求訴訟事件の実務】4 弁護士相談のタイミングと弁護士相談の前に行うべきこと
- 【明渡請求訴訟事件の実務】5 弁護士に依頼するのに適した案件
- 【明渡請求訴訟事件の実務】6 弁護士相談の際の留意点(必要資料と解決方法)
- 【明渡請求訴訟事件の実務】7 明渡請求の当事者の検討
- 【明渡請求訴訟事件の実務】8 請求権者(賃貸人・所有者)の特定(1)
- 【明渡請求訴訟事件の実務】9 請求権者(賃貸人・所有者)の特定(2)
- 【明渡請求訴訟事件の実務】10 明渡対象物件の特定
- 【明渡請求訴訟事件の実務】11 相手方との交渉
- 【明渡請求訴訟事件の実務】12 訴訟提起の判断基準
- 【明渡請求訴訟事件の実務】13 占有移転禁止の仮処分の要否(本ページ)
- 【明渡請求訴訟事件の実務】14 訴訟提起にあたっての考慮事項(手段選択)
- 【明渡請求訴訟事件の実務】15 訴訟手続~①訴えの提起「管轄・手数料」~