【建物明け渡し(立ち退き)解決事例】物件内にカビが生えることを理由に家賃の一部(25%相当額)の支払を拒否されたものの、明渡が認められた事例
【物件】福岡県内の一戸建
【借主】70代男性
【受任時の滞納月数】3か月分
【特徴】家賃の一部不払の理由として物件内部にカビが生えることを主張された
【解決内容】強制執行(断行)
【解決までの期間】受任から2年程度
(最高裁への上告棄却・上告受理申立不受理)
1.事案の概要
物件は福岡県内の一軒家です。築50年程度が経過している古い建物です。
物件の借主は70代男性です。物件に夫婦でお住まいでした。
長年にわたり物件を賃借していましたが、数年経過後、押し入れや天井裏など、広範にカビが生えるようになった、ついては何らかの対応をしてほしい、との主張がされるようになりました。管理会社にて畳替えや押し入れや天井板の張り替え等の対策を行いましたが、改善しませんでした。そのうちに、借主は、防カビ対策費用がかかっておりその分を相殺したい、と主張し、毎月8万円支払うべきところ、6万円の支払しかしなくなりました。
そのうちに、滞納額がかさんでいき、3か月分に至ったところで訴訟提起依頼がありました。
内容証明郵便にて契約解除通告書を送付したうえで、建物明渡を求める訴訟を提起しました。
2.経過
訴訟提起後、借主に代理人弁護士が就任しました。
本件の争点は、「カビが生えるという点について、賃料減額の理由となるか(旧民法611条類推適用による賃料減額請求により、賃料が当然に減額されるか)」という点にありました。
当方からは、カビの発生は、借主の善管注意義務違反により発生したものである旨主張しました。借主からは、物件内のカビの発生は、物件構造上の問題でありカビの発生により物件の使用収益が困難となっている、それにより防カビ費用を支出しているのであるから賃料は当然に減額されるべき旨が主張されました。
第1審では、当然に賃料が減額されないとして借主に対して明け渡しを命じる判決が下されました。
控訴審では、カビの発生はいわば物件の構造や立地条件によるものであり、賃料は1万円のみ減額される(7万円に減額)ものの、それを前提としても3か月分以上の家賃滞納が生じており、解除は有効である旨判示し、借主に対して明け渡しを命じる判決が下されました。
借主側はその後最高裁に上告しましたが、これも棄却されました(上告受理申立も不受理)。その後強制執行手続を経て退去が実現しました。
3.弁護士コメント
⑴ 他の解決事例でもご紹介したとおり、賃借物件の一部が、滅失その他の事由により使用及び収益をすることができなくなった場合において、それが賃借人の責めに帰することができない事由によるものであるときは、賃料は、その使用及び収益ができなくなった部分の割合に応じて(当然に)減額されます(民法611条1項 )。
この条項によれば、賃借物件の使用及び収益ができなくなった範囲において、賃料が当然に減額されます。したがって、当然に減額された賃料の範囲で賃料支払を拒んでも、債務不履行の問題は生じません。しかし、減額されない部分については依然として賃料支払義務があります。賃借物件の一部に不具合があることを理由に、賃料全額の支払を拒むことは、それ自体債務不履行を構成し、契約解除事由となります(旧611条に関する最判昭和43年11月22日民集22―12―2741(裁判所HP|裁判例検索 )の趣旨は、現行611条1項にもあてはまると思われます)。
⑵ 本件は、借主が物件内部の不具合(カビ)を主張し、旧民法611条類推適用により、その主張の一部が受け入れられたものの、結果としては明渡が命じられた事例です。このような類型の案件は、本件のように、紛争が長期化する傾向にあります。しかし、本件は、自らが相当と考える賃料の一部を毎月入金しており、貸主の実害が大きくなかったという事案です。
現在の民法611条は、旧611条と異なり、賃料の当然減額を定めています。したがって、賃料減額請求が無くても、物件に使用収益上の不具合があれば減額されます。また、場合によっては、減額分の返還請求が認められる場合もあります。
したがって、物件不具合による賃料減額を求めて賃料の一部支払を拒絶するケースは、ある程度のところで家賃の減額を認めることで紛争長期化を回避することが相当な場合もあります(本件は、貸主があくまでも明け渡しにこだわったために最高裁まで至り、長期化した事例です。)。どのような対処が相当かは事案によりますので、まずは弁護士にご相談されることをお勧めします。