【建物明け渡し(立ち退き)解決事例】認知症の高齢者に対する建物明渡請求において、行政機関の協力を得て、任意退去に至った事例
【物 件】一人暮らし用の賃貸マンション
【借 主】高齢者
【滞納月数】3か月
【特 徴】借主に認知症の症状がみられるようになり、その後家賃滞納
【解決内容】任意退去
【解決までの期間】受任から4か月
1.事案の概要
物件は一人暮らし用の賃貸マンションです。借主は高齢者です。
年金暮らしで、長年にわたって問題なく家賃の支払がなされてきましたが、その後滞納が生じるようになりました。管理会社が訪問するも、応答せず、電話しても趣旨不明のことを言うようになり、認知症の症状が出ていることが疑われました。
その後、滞納金額が3か月を超えたことから明渡訴訟提起の依頼がありました。
2.経過
まず、内容証明郵便にて契約解除通知を発送後、本人と電話連絡を試みました。しかしながら、電話に出てくれず、やむなく訴訟を提起しました。管理会社より、自治体の福祉課や民生委員に連絡を取っていただき、介護施設への入居手続に至るように調整を行いました。
その間に明渡訴訟が進んでいきましたが、借主が認知症であることから、送達の効力に疑義が生じてしまいます。
訴訟法上の特別代理人(民事訴訟法第35条)の選任も検討せざるを得ない状況にはなりましたが、調整の甲斐あり、成年後見人が選任されるに至り、その後まもなく任意退去となりました。
3.弁護士コメント
本件は、借主が認知症になり、その結果家賃滞納が生じたという事例です。
借主に成年後見人がついていればそれほど問題は生じません。問題が生じるのは、「認知症の影響により、訴訟に対応することができないのにも関わらず、成年後見人が選任されていない方」のケースです。法律用語を用いると、「意思能力を欠く常況にありながら後見開始の審判がなされていない者」という表現が用いられます。
このようなケースでは、借主に対して建物明渡請求訴訟を提起せざるを得ません。しかし、建物明渡請求訴訟において裁判期日を開くためには、訴状等の特別送達が必要ですが、意思能力を欠く常況にある者に対する特別送達は疑義があるものとされています。したがって、後見人を選任するか、特別代理人を選任する必要があります。一般的には特別代理人選任申立を行うことになりますが、それには、予納金(最低でも20万円程度)の費用と時間がかかります。
実務的には、認知症の単身者がいることを行政機関に知らせるとともに、行政機関と協力して介護施設の入居に導き、任意退去を実現させることが多いと思われます。なお、実際には、認知症の疑いがあることが、判決後、強制執行の催告時になって初めて発覚することもありますが、その際には、強制執行をいったん中止し、執行官より行政機関と連携してもらうこともあります。
成年後見人が選任されていない認知症の高齢者に対する建物明渡請求においては、ただ訴訟を提起して判決をもらえばよいというものではなく、節目節目で行政機関の連携を模索することが重要と考えます。